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札幌高等裁判所 昭和36年(ラ)5号 決定 1961年10月12日

抗告人 国

指定代理人 宇佐美初男 外二名

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

抗告の趣旨及び理由は別紙記載のとおりである。

一件記録によれば抗告人国が北海道酒精原料株式会社に対し有する国税債権金四八六、五四一円の強制徴収として右納税者の債務者第一工業株式会社に対して有する金一一、四二三、七七四円の売掛代金債権を二回に亘り差押え右第一工業株式会社に対し右税額相当の代金債権の支払を求めたところ同債務者は金三七、一四六円を支払い残金を支払わないので、抗告人が右売掛代金請求訴訟を提起するに当りその本案執行を保全するために旭川地方裁判所昭和三四年(ヨ)第三三号仮差押決定を得て同年三月二七日右債務者所有の不動産に対し仮差押をしたところ右債務者は仮差押決定に掲げられた売掛代金及び遅延損害金合計金五四六、〇〇〇円を旭川地方法務局に供託したので、昭和三五年五月二五日発せられた旭川地方裁判所の仮差押執行処分取消決定により右仮差押の執行が取消された。その後抗告人が右債務者に対し提起した旭川地方裁判所昭和三四年(ワ)第一二二号売掛代金請求の本案訴訟は昭和三五年一〇月一三日の口頭弁論期日において債務者が抗告人の請求を認諾したので、本案請求の執行として、右供託金取戻請求権についての換価手続を経由することなく、自己に右供託金還付請求権あることを前提とし昭和三六年一月一七日右認諾調書を添え本案訴訟につき勝訴の確定判決あることを証明して原裁判所に右供託書の交付を申請したこと及びこれより先き右債務者第一工業株式会社に対する債権者海老名利一が旭川地方裁判所昭和三五年(ル)第四六号債権差押命令申請事件につき同年六月一五日右債務者の第三債務者国に対する前記供託金五四六、〇〇〇円の供託物取戻請求権を差押えたことが認められる。

元来民事訴訟法第七四三条にいわゆる仮差押解放金が供託されると、その供託金は債権者が仮差押をし又は仮差押をしようとする目的物に代わる性質を有するので、先きになされた仮差押の執行処分は同法第七五四条によつて取消されるけれども、仮差押は依然として右供託金の上にその執行が保全されて存続し仮差押決定と運命をともにすべきものであることは抗告論旨のとおりであるけれども、右仮差押解放供託金は仮差押の執行を停止し又は仮差押の執行を取消すことの為に仮差押債権者の被るべき損害を担保する訴訟法上の担保でないことは民事訴訟法第五一三条第三項において第一一二条第一一三条第一一五条及び第一一六条の規定を準用するも同法第七五四条第一項の供託した場合にこれを準用していないことに徴するも明らかであつて、仮差押債権者は右供託金につき訴訟法上の物的担保権を取得するものでないことは勿論、債務者において万一、他日本案請求につき敗訴の確定判決のありうることを予想して本案債権確定の場合債務弁済に充てる趣旨で供託するものでないことはいうまでもないところであるから、仮差押債権者が右供託金につき実体上の担保権を取得するものと解することができない。

抗告人の主張するように仮差押債務者が仮差押解放金を供託する際に供託規則第一三条第二項第六号により供託書に供託物の還付を請求し得べき者として仮差押債権者を記載表示する取扱になつているからといつて、このことだけで直ちに仮差押債権者が弁済として当該供託金の還付を請求し得る実体上の権利を有するものと解することができない。尤も仮差押債務者の有する仮差押解放供託金取戻請求権は仮差押決定又は仮差押判決を取消す裁判の確定、仮差押の被保全請求権につき仮差押債権者の本案敗訴の判決の確定その他仮差押解放金から仮差押債権者が満足を受けられないことに確定した場合などのように、要するに供託原因の消滅を停止条件として始めて生ずる請求権であるから、仮差押債権者が本案訴訟で勝訴の確定判決を得たときは債務者においてもはや供託原因の消滅を証明することができず、債務者が任意に本案債務を弁済しない限り右供託金取戻請求権を行使することはできないことは抗告人の主張するとおりであろうけれども、債務者が事実上取戻請求権の行使ができないということだけで直ちに仮差押債権者が実体上右供託金還付請求権を取得するものと解すべき十分の根拠がなく、強制執行保全の制度からするも仮差押債権者に仮差押解放供託金につきその還付請求権を得しめて仮差押命令の目的物に代わる供託金につき排他的に優先権を認むべき理由はないものといわなければならない。従つて仮差押命令はその執行の目的物に代わる金銭が債務者から供託されたとき債務者の有すべき供託物取戻請求権によつて本案請求権保全の効果を保持するものであるから、債務者の供託と同時にその取戻請求権につき仮差押がなされたものと同一の効果を生ずるものと解すべく、仮差押命令が取消されるまでは債務者において取戻を請求することができないけれども、仮差押債権者が本案請求権につき勝訴の確定判決を得て仮差押から本執行に移行するとき仮差押命令は保全の目的を達して失効するから、これによつて仮差押解放金の供託原因消滅するわけであつて、唯だ本差押の効力によつて仮差押債務者の供託物取戻が禁止されているにすぎず、債権者が本案の執行力ある債務名義に基づいて右仮差押解放供託金により右債権の満足を得るためには債務者の有する供託物取戻請求権を目的として執行裁判所のこれが換価命令を求むべきものといわなければならない。本件においては先きに第三債権者海老名利一において金銭債権の執行として債務者第一工業株式会社の国に対して有する本件仮差押解放供託金の取戻請求権につき差押命令を得て執行したのであるから、仮差押債権者である抗告人は本案請求についての認諾調書正本に基づいて少くとも右供託物取戻請求権につき取立命令を得て始めて原執行裁判所に対し供託書の交付を求め得るものといわなければならない。

然るに抗告人が所論仮差押解放金に対する執行方法として、原執行裁判所に対し仮差押債権者として被保全債権の確定を証明した上、直接供託所に対して解放金の還付を請求し得ることを前提として、債務者第一工業株式会社の供託所に対する供託物取戻請求権につき換価手続を経ることなく、供託書の交付を申請したことの失当であることは叙上説明するところにより自から明らかであるから、原審が抗告人の右供託書交付申請を却下する旨決定したことはまことに相当であつて、抗告は理由がない。

よつて本件抗告を棄却すべきものと認め、民事訴訟法第四一四条、第三八四条、第九五条、第八九条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 南新一 裁判官 輪湖公寛 裁判官 藤野博雄)

抗告指定代理人宇佐美初男、同片山邦宏、同千葉正道の抗告の趣旨および理由

原決定はこれを取消す。

別紙目録記載の供託書はこれを債権者国に交付する。

との裁判を求める。

一、抗告人は北海道酒精原料株式会社に対し、昭和三十年九月二十九日現在金四四五、二一〇円の租税債権を有していたところ、右会社はこれが納人をしないで昭和三十年九月二十九日旧国税徴収法第二十三条の一の規定にもとづいて右会社が債務者第一工業株式会社(以下単に債務者と云う)に対して有する売掛金債権金一一、四二三、七七四円を差押えた、然かしてその後、抗告人は右会社に対して昭和三十一年十月二十五日現在、更に金四一、三三一円の租税債権を有するに至つたので、これが徴収のため昭和三十一年十月二十五日旧国税徴収法第二十三条の一の規定にもとづいて右会社が債務者に対して有する前記売掛金債権を差押えたそこで抗告人は債務者に対し、前記租税債権合計額金四八六、五四一円の支払を求めたところ、債務者は金三七、一四六円の支払をなしたのみで残余の支払をしない。

二、そこで抗告人は、債務者に対する右債権の執行を保全するため旭川地方裁判所昭和三四年(ヨ)第三三号仮差押決定により昭和三十四年三月二十七日債務者所有の不動産に対し仮差押をなした。ところが債務者は、仮差押解放金五四六、〇〇〇円を旭川地方法務局に供託したので、(別紙目録記載のとおり)昭和三十五年五月二十五日旭川地方裁判所の仮差押執行処分取消決定により右仮差押は取消された。然かして抗告人は債務者に対し前記売掛金請求の本案の訴を提起したところ、(旭川地方裁判所昭和三四年(ワ)第一二二号事件)、債務者は昭和三十五年十月十三日の第八回口頭弁論期日において抗告人の請求を認諾した。

三、そこで抗告人は右本案請求の執行として債務者が供託した前記仮差押解放金の還付請求をなすべく、昭和三十六年一月十七日旭川地方裁判所に対して、本案訴訟が勝訴に確定したことを証明して(認諾書を添付して)、別紙目録記載の供託書の交付を申請した。ところが、同裁判所は同月二十一日「供託書の交付を裁判所に対して求めるためには、少くとも強制執行法上の換価手続を経由しなければならないのに、債権者(抗告人)はこれをしていない。」との理由で右申請を却下した。

四、しかし、右決定は以下述べる理由により違法であり、取消を免れない。元来、民事訴訟法第七四三条のいわゆる仮差押解放金が供託されると、その供託金は仮差押執行の目的に代わる性質を有するので先になされた仮差押の執行処分は同法第七五四条によつて取消されるけれども、仮差押は依然として右供託金の上にその執行が保全されて存続している。そして、仮差押債務者が仮差押解放金を供託する際には、供託規則第一三条の供託書に供託物の還付を請求し得べき者(同条第二項第六号)として仮差押債権者を記載表示する取扱になつているから(昭和二九年八月二八日法務省民事甲第一七八九号同省民事局長通達参照)、仮差押債権者が右供託金について還付請求権を有していることは明らかである。従つて、仮差押債権者が仮差押によつて保全される債権について給付を命ずる本案勝訴の確定判決を得たときは、その旨を証明して裁判所から供託書の交付を受けたうえ、供託法第八条第一項、供託規則第二十二条以下の規定に従つて、供託金の還付を請求できるのであつて、その際供託金の取戻請求権につき差押・移付命令を得る必要はない。このことはつとに是認されている見解である末尾記載の文献参照)。抗告人が右の手続に従い供託書の交付を申請したことは前記のとおりであるから、原審裁判所としては当然供託書を交付すべきであつた。

五、尚附言すると、原決定が却下の理由としていう換価の手続を経由しなければならない」とはいかなる意味か必ずしも明らかではないが、それが債務者の有する供託物取戻請求権(供託法第八条二項)、又は抗告人が有する供託物還付請求権(供託法第八条一項)について、抗告人が移付命令を得なければならない、と云うのであればこれは誤りである。そもそも仮差押債務者が仮差押解放のために供託した金員について有する取戻請求権は、仮差押決定又は仮差押判決を取消す裁判の確定、仮差押の執行債権(被保全債権)につき仮差押債権者の本案敗訴の判決の確定、その他仮差押解放供託金から仮差押債権者が満足を受けられないことに確定した場合などのように、要するに供託原因の消滅を停止条件として始めて生ずる請求権である。故に、抗告人が本案訴訟で勝訴の確定判決を得た以上、債務者はもはや供託原因の消滅を証明することができず、従つて取戻請求権を行使して供託物の取戻をなすことはできないものである(取戻請求については供託規則第二十二条第二十五条参照)。それで、このような具体的な請求権として行使し得ない取戻請求権について抗告人が移付命令を受けることは凡そ無意味であるばかりでなく、ともかく前述のとおり抗告人において還付請求権を有している以上これが請求権を行使すれば足りるわけである。或は供託物還付請求権について移付命令を受けなければならないと云うのであろうか。しかし、供託物還付請求権の主体は、仮差押債権者自身であるから抗告人が自己の有する金銭債権を自己に移付するということは特別の法規のないかぎり無意味と云うべきものである。

(文献)

一、福岡高裁昭和三十三年六月三十日第二民事部決定 高裁民集十一巻五号四十一頁

二、昭和二十九年四月二十一日法務省民事甲第八六七号同省民事局長回答、昭和二十九年九月二十八日法務省民事甲第一八五五号同省民事局長回答 以上 水田耕一・中川庫雄著「供託法精義」百八十頁以下(帝国判例法規出版社発行)

三、司法研究報告書第九輯第三号「不動産及び有体動産以外の財産権に対する強制執行手続の研究」九十二頁以下(司法研修所発行)

目録

(一) 供託年月日 昭和三十五年五月二十三日

供託番号 昭和三十五年金第一六九号

供託金額 金五四五、〇〇〇円也

(二) 供託年月日 昭和三十五年五月二十四日

供託番号 昭和三十五年金第一七七号

供託金額 金一、〇〇〇円也

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